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DIARY
取り留めも無い日記
No.68 - 2008/12/02
このところ再びアレンジャーモードに入ってしまい、日記を更新しない日々が続いてしまった。
どうもアレンジャーモードに突入すると、音符以外の事を考えるのが面倒くさいというか、それ以外の事をするのができなくなってしまうらしい。
最近本を読まなくなった。
僕は昔から割合本はよく読むほうで、小学校の頃から勉強はせずとも本だけはよく読んだ。
母親が本好きだったお陰で、貧乏人の家庭の割にはハードカヴァーの『漱石全集』だの『松本清張シリーズ』だの『徳川家康』だの、いったいどういう基準で選んだのかよくわからない本がずらりと並んでおり、僕はロクに漢字も読めない頃からそういった本を片っ端から読んでいた。
小学校中学校あたりまでは、図書館にいる時間が異様に長かった事だけは確かだ。
(それが少しでも学力に結びつけば今頃こんな人生は送っていなかったのかもしれないが、そううまくは行かず、哀しきかなただの本中毒みたいな後遺症が残っただけである)
高校時代本を読んでいたかはよく覚えていないが、大学に入ってからはお定まりの『バカ』コースまっしぐらで、バイクにウインドサーフィンにと明け暮れていたので、恐らく本など一冊も読んでいないのではないか、と思う。漫画本以外は。
再び本の虫になってしまったのは大学を卒業して暫く経って、『本格推理小説』というヤツにハマってからだ。
最初は西村京太郎あたりをポツポツと読んでいたのだが、どうも時刻表が出てきたり刑事が足で捜査するような地味な話が性に合わず、昔好きだったシャーロックホームズみたいな名探偵の出てくるミステリはないかなあと探していたら、その頃話題になっていた(と思う)、所謂『新本格』と呼ばれるミステリに出会い、あっという間にとりこになってしまった。
綾辻行人、法月倫太郎、二階堂黎人、我孫子武丸、有栖川有栖・・・
今は大御所の作家(既にミステリを書いてない方も)だが、1980年代の後半は、皆新進気鋭の新人だったのである。
とてもじゃないが現実には起こりえないような、超常現象としか言えないような謎を論理的に解き明かしてゆく鮮やかな話の数々(当然中にはつまらないものもあるが)に夢中になってしまい、新本格だけでは飽き足らず、時代をさかのぼって大昔の本格推理小説まで買い漁り、読みまくっていた。
京極夏彦あたりまではその調子だったのだが、どうも『姑獲鳥の夏』が映画化されたあたりから何だか自分の中で急激に冷めてしまい(『陰摩羅鬼の瑕』というのがどうにもこうにも詰まらなかったせいもあるが)、ついでに本格推理小説への長かった情熱も収束してしまったのだ。
それでも、ちょっと前までは、講談社ノベルスの『メフィスト賞』を穫った新人の作品(メフィスト賞は必ずしも本格推理の作品が賞を取る訳ではないようだが、広い意味での『ミステリ』なので大変面白い先品が多い)には必ず目を通していたし、『ドグラマグラ』や『不連続殺人事件』のような大昔のミステリは相変わらずポツポツと読んでいたのだが・・・・
最近新しいミステリを読んでないので何とも言えないが、1990年代までは、面白い推理小説が次から次へと刊行されていたように思う。
その頃僕の好きだった作家の一人、西澤保彦という人の作品に『神麻嗣子シリーズ』というのがあり、これは本来ミステリでは御法度である筈の『超能力』をどんと扱った型破りなものであった。
これが、誰かが誰かを殺しました、調べたら犯人は誰それで殺害方法は超能力でした、ではお間抜け以外の何物でもないが、このシリーズでは、『神麻嗣子』は、ハリーポッターで言う所の『魔法省』で働く見習い役人みたいな、要するに不当に超能力を使う超能力者を取り締まる役柄で、その『不当に超能力を使う超能力者』も、加害者ではなく被害者だったりするのだ。
『神麻嗣子』が超能力の使われた場所へ向かってみるとそこでは殺人が行われており、超能力を使ったのは被害者だった。しかし、超能力が役に立った形跡はないし、なぜ、何の為に超能力を使わなくてはならなかったのか分からない・・・・
一般的にミステリというと、『フーダニット』つまり『誰がやったか』に重きを置き、『犯人当て』をする、というイメージが強いようだが、この『神麻嗣子シリーズ』は犯人は解っていて被害者も解っていて、『なぜ超能力を使わなければならなかったのか』(ホワイダニット)に焦点を当て、見事に論理的に解決しているのが当時としては大変面白かった。
(因に『刑事コロンボ』も『古畑任三郎』も、犯人被害者ともに最初から分かっているが、これらは『倒叙もの』であり、『神麻嗣子シリーズ』とは全く違う構造のものである)
西澤保彦の作品には『解体諸因』という、『犯人はなぜ被害者の体をバラバラにしなくてはいけなかったのか』をテーマにした短編集もあり、題名からしていかにもそれっぽいが、これも『ホワイダニット』ずばりの作品で、非常に面白い。
で?
今日は一体何を言いたくてこんなにダラダラと日記を書いているかというと、特に言いたい事などなくて、ただ、ああ最近本を読まなくなったなあ、と思っているうちにこんなにダラダラ書いてしまっただけなのだ。
もしもここまで読んでくださった方がいらしたら大変申し訳ない・・デス
先生、ごめんなさいの日
No.67 - 2008/11/12
僕は山口県の生まれだが、僕の先生は、石井洋之助先生という県下では有名な教育者で、(僕の記憶が正しければ)ご本人は独学でヴァイオリンを習得されたにも関わらず、後にご自身だけのレッスンで娘さんの石井志都子先生を難しいコンクールで優勝させてしまったくらい立派な方であった。
僕は、週一回洋之助先生のレッスンを受け、月に一回、志都子先生が山口にいらした時に志都子先生のレッスンを受けるという生活を高校卒業まで続けていたのだが、この石井洋之助先生、それはそれは大変厳しい先生で、特に音程に関しては鬼のように厳しく、一カ所でも音程が悪い所があると、レッスンの間中そこを延々と繰り返し弾かされる事も珍しくなく、そのおかげで音程感というものに関してはかなり訓練を積む事ができた訳だが、子供の頃は本当に怖かったのだ。
というか僕も負けん気が強いので叱られた週は『次は絶対ちゃんと弾いてやる!』と必死で練習するのだが、『良くなった』とほめられると気を抜いていい加減に練習し、結果次のレッスンではまたこてんぱんに怒られ、怖くて青くなってしまう・・・という、いい加減学習しろよ俺〜、みたいな、おバカなローテーションで10年くらいやっていたのだと思う。
まあ子供だし、練習なんか好きな筈はないし、遊びにも行きたいので、親がいない時は、いないのを良い事にやっぱり手を抜いてしまうのだ。
ちなみにそのころうちには妹1号という『ちくり屋』がいて、『お兄ちゃん今日練習してないよ〜』と密告されたことも一度や二度ではなく、僕は先生に叱られ親に怒られ、ああ、ほんとろくな事はなかった。(ごめんよ妹1号。ま、大昔の事だし)
ところで、なぜいきなりこんな話を書いているのかというと。
実は最近ずっとまじめにまじめに、本当にまじめに練習していて(まあ他にする事もあまりないので)、あまりにもまじめが続いた為、まじめであり続ける事にちょっと飽きてしまい(元々不真面目なもので)、昨日、たまには気晴らしに違う曲でもいい加減に弾き飛ばしてみるか、と数少ない、大昔の楽譜を引っ張りだして適当に弾き飛ばしたのだ。(今の僕は大変真面目なので、『不真面目』といってもこの程度。決して昼から酒飲んで酔っぱらったりはしないのである。・・・以前はやっていたが。)
モーツァルトのコンチェルトだのラロのスペイン交響曲だの超いい加減にすっ飛ばしながらなで切りし、次は、これこれ、メンデルスゾーンだ懐かしいなあ、これ練習したの小学生の時だっけ中学生の頃だっけ、とか思いながら楽譜を開いてみると、へたくそな字で何やら書いてある。
なになに。
1.右手の根元で手首がでないこと
根元では指を動かす
先は動かさない
2.弓のはやさを確認できるようにすること
3.手首を使いすぎないこと
ぶっ。
これ、先生に言われて書いたんだなあ。
それにしてもへたくそな字だなあ。
『でないこと』の『な』なんか、間違えて『き』って書いてその上から無理矢理『な』って書いてるから梵字みたいになってるぞ。
とか思いながら、やはり1楽章からいい加減に弾いてゆき、2楽章も通過して、さて3楽章だなとページをめくったとき目に飛びこんで来たもの。
それは。
『ゆっくりでよい ていねいに
正しく(ゴマカスナ ナマケルナ)』
そして、『正しく』の所に矢印で
『命がけで』
先生の字だ・・・・・・
先生、いい加減にすっ飛ばして弾いてごめんなさい・・・・
ちゃんと練習します・・・・
一瞬にして子供の頃に戻ってしまったのであった。
Sibelius!
No.66 - 2008/11/09
シベリウスといっても、フィンランドの作曲家の事ではなく、楽譜作成ソフトの話だが、最近とある友人とLogicの話になり、『Logic8ダサいよね』という意見で一致。
僕はLogicはヴァージョン7から(Mac専用になってから)使い始め、最初はスコアも結構奇麗に書けるしMIDIの機能も充実しているので気に入っていたのだが、ヴァージョンを8に上げてみて驚いた。
まず何よりも画面がダサすぎる。
一体全体何をどうすればあんなにダサくできるのかわからないが、兎に角見ているだけでやる気がしなくなる程のダサさである。
車でも何でも、モデルチェンジをする時に前よりカッコ悪くするなんてのはあり得ない筈だと思うのだが。
尤も音楽ソフトなんて見た目以上に機能が大事なのは言わずもがなだが、その機能も何でこんな事になっているのか何でこんな機能を充実させたのか首を傾げたくなるものが多く、勿論使い方、というか使う人によって、もっと改良してほしいポイントは様々だと思うのでこれは僕の個人的な意見だが、肝心な所は7から一歩も進歩していない。
まことにトホホなソフトに成り下がってしまった感のあるLogicだが、OS10.5以降では元のヴァージョン7は使えないので元に戻す事もできず、正直うんざりしていたのだ。
で、冒頭の友人も最近MacProに替えたのを機にLogicを7から8にヴァージョンアップしたのだが、『確かにダサい!!』という事で意見が一致し、これはそろそろLogicやめろって事?じゃあ次はどうする?みたいな話になり、『これは?』となったのがシベリウス。
シベリウスは基本的に楽譜作成ソフトのようだが、Finaleと違いMIDIも充実しているようだし、どうやらProToolsとも連携できるらしい。
つまりLogicを使わずとも、スコア作成と録音を同時にできる、という事で・・・
しかしまあ、シベリウスはなんだかんだと言っても所詮は譜面ソフト、ProToolsもMIDIはそれほど使い勝手が良くないようなので、今すぐそっちに移行、という訳にはいかないが、その友人の話だと、もうすぐProToolsも現行の7.4から8にヴァージョンアップされ、MIDI機能ももっと良くなるんじゃないか、という事なので、じゃ、ProToolsが8に上がって暫くしたら様子を見て乗り換えしようか、という話になったのだった。
うーん、Digidesignさん、期待してますよ〜
っていうか、早くダサロジとおさらばしたい・・・・・・
左手、壊れる
No.65 - 2008/11/02
実はかなり前から左手のくすり指と小指の間に爆弾を抱えていて、時々全く使い物にならなくなってしまう。
最初はスタジオでハイポジションの超長いロングトーン(長いロングトーン、てのは重複してるが)を弾いている時にいきなりそこが『つって』しまい、あいててて、だったのだが、それから癖になってしまったのかそれとももう限界だったのか、かなりの頻度で『つる』ようになってしまった。
一番最悪だったのは、神奈川フィルのポップスオケで、1曲丸々ドソロって曲の直前につってしまい、薬指と小指が殆ど使えないままソロを弾いたとき。
スタジオなら、ちょっと待ってとも言えるが、さすがにステージの上でそれは出来ないし。
脚がつる時もそうだが、一度つってしまうとその後暫く何度もつるので、ソロを弾いてる最中、つらないでくれと祈るような気持ちで、本当に嫌な汗をかいてしまった。
以後、何とかつる原因を突き止めるべく整体に通ったり鍼を打ったりビタミンや微量元素系を飲んでみたりしているが、一時的には治まるもののどうも抜本的な解決には至らないようで、相変わらず時々痛い。
ここ二ヶ月ほど小康状態を保っていたのだが、昨日さらっていると1時間程で突然痛みだし、今日起きてもまだ痛い。
いきなり勤勉になって鬼のようにさらったので負担が掛かってしまったのだろうか。
それにしては症状が現れるのが遅いような気もする。
そう、困るのは、『こうすると症状が出る』というはっきりとした因果関係が掴めないところなのだ。
恐らく、睡眠栄養気温等色んな条件が重なり合って、更に『無理をする』といきなり『いてて』になるのだろう。
その『色んな条件』の組み合わせがある程度特定出来なければ何も分からないのと同じなのだが。
壊れてしまったものは恐らく何をしても一生元には戻らないとは思うが、せめてやり直しのきかないステージの時だけはつったりしないようにしなければ。
うーん・・・・・・それにしても、痛い。
不幸な生涯を送ったノートブック
No.64 - 2008/10/31
ゴミ箱の上の守り神の上に、これ又長き事捨て置かれた妖しい物体あり。
ソフトケースに包まれたそのもの、悠久の時を経て再び電灯の光の元へ。
これは・・・・・
懐かしい。
ケースの中身はPowerBook Duo 280cであった。
何時頃買ったのか忘れてしまったので調べてみた所、1994年発売、価格は548000円(げげっ)、と書いてある。
PowerBookと言いながらこいつのCPUはPowerPCでは無く68系の40らしい。
朧げながら買った時の状況は憶えていて、確かこれの後継機種、PowerPCを積んだ新しいノートブックが発売寸前だったか発売されたかで、モデル末期で売れ残っていたこいつを新宿のパソコン屋で安く手に入れたのでは無かったか。
しかし、安く手に入れたのは良いが、僕の乱暴な扱い(多分)により買って1週間程度で瀕死の状態になり、修理をするならロジックボード全交換だか何だかふざけた事を言われ、そんなに払えるわけないので諦めてそのまま放置、そして翌1996年、デザイン最悪のPerfoma6260を買う事になってしまったのだ。
1週間とは、蝉のような寿命だが、殆ど使ってないので、外見だけは今でも新品同様である。
南無〜
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