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熊のピーさんが日々の出来事と思いを、喜びと哀しみ、怒りと嘆きをもって綴っていきます。

         


 
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最新ログ一覧
鳥獣被害防止特措法  (2007/12/20)
どんぐりの虫  (2007/11/11)
チャドクガ  (2007/11/02)
日本人の思考  (2007/10/22)
専用レストラン  (2007/09/29)
さくらんぼとドイツの大王  (2007/07/22)
坂東真砂子氏のコラムをよんで  (2007/07/14)
鳥獣被害防止特措法 No.20 - 2007/12/20
 先日鳥獣被害防止特措法案が可決したことを知った。僕たちが人間社会の近くに出没して、農作物を食べたといって殺してしまえば、安心だと思っている人もいる。でも撃ち殺していい気持ちの人はいないはずだと思う。死の苦しみで、のた打ち回っている姿を見て喜んでいるような人間は最早人間ではないと思う。ただその現場に居合わせないと言葉だけでは軽く受け止められてしまう。僕は人間の良心を信じている。苦しむものを見て助けたいと思い、手を差し伸べたいと思う気持ちが自然に湧きあがってくる心を。もしかしてそれを一番切実に感じているのは農家や林業家の人たちかもしれない。都会の人たちはこの現状さえ知らない人間が多いからだ。
 これからは、僕たちはますます殺されやすくなった。生きていくには、多少危険を冒しても人間に近づかなければならないが、その時人間が銃を向けたら僕たちは襲わずにいられなくなるかもしれない。そうしないと僕たちに明日がないことを学習して。
どんぐりの虫 No.19 - 2007/11/11
僕たちの餌であるどんぐりに、小さな穴があいていることがよくあるけど、そこから小さな幼虫が出てくる。この虫はゾウムシという甲虫の一種で、どんぐりに小さな穴を開けて、細くて長い産卵管を通して卵をうみつけ、秋になって実を食べて成長すると大きな穴を開けて外にでてくる。そしてすぐ土にもぐり、さなぎになり、翌年の夏には成虫となる。
興味深いのは卵を産み付けるための穴をあけるのに8時間もかかる大仕事だそうで、中にはあけられずやむなく死んでしまうものもあるようだ。
自然の仕組みって本当に不思議で、人間の浅はかな知恵では及びもつかないものがあると思わないかい?全部ゾウムシ君がどんぐりをたべてしまわないように、ちゃんと調節できている。虫食いで実がないどんぐりばかりでは、僕たちだって困っちゃうよ。
しかも、ゾウムシ君は成長してもすぐ外に出てくるものばかりではなく、数年もかかるものもあるらしい。どんぐりの不作の場合は、食べないようにしてくれているのかな。
虫君を嫌いな人がいるけど、こんなに他のものを生かしている虫君を見直して欲しいよ。
チャドクガ No.18 - 2007/11/02
久しぶりに新聞を読んだら、最近チャドクガという毛虫が大量発生して被害にあっている人が多いらしい。この虫は椿や、サザンカの葉についていて、さされるとかゆみがひどいらしい。それで住民からの苦情などもあり、公園などでは対策として木を切ってしまうこともあるらしい。
でも待ってよ。それで問題が解決するの?
病気の人が死んだら病気の心配はしなくてすむけど、病気そのものがなくなったわけではないのに。
そもそも樹木というのは、ある程度食害が進むと樹木自身が食害をおよぼした虫が嫌いな物質を生成し、葉に送るらしい。だから樹木が健康なら大量の虫がつくことはないということだ。ところが近年この働きが弱まっているのではないかな。まるで人間達の免疫力が弱まっているのと同じにね。
何事も原因を究明しないで、解決の道はないと思うけどな。
イヤだからなればいいだけじゃ、幼児的過ぎないかな。おっと僕も子供だけどね。
日本人の思考 No.17 - 2007/10/22
日本人は一旦悪いイメージが定着してしまうと、後から事実と違う証言や根拠を示されても思考が硬直してしまい、最早修正できなくなるのではないかと思う。恐ろしい動物、血も涙もない恐ろしい人間、という烙印を押された者が、どれほど冤罪にされているのだろうか。
なんという映画かは忘れてしまったけど、人間が熊に襲われたという場面があったけど、熊がある時突然凶暴さをあらわにして人を襲うという設定だった。人を殺したい、襲いたいという衝動に駆られて僕たちが人を襲うというのは、あまりの短絡的な発想だと唖然とするばかり。
でも恐ろしいのは、そういう場面をたびたび見ていると、そう思われてくることだと思う。脳へのインプットから言えば、実際映像で見るのはかなりの効果を挙げると思う。熊に襲われ大ケガをした場面を繰り返し見れば、熊は恐ろしい動物と思われてくる。かくして誤った動物のイメージが出来てしまう。
余談だが日本は悪い国、軍人は好戦的な野蛮な人、と繰り返し言われれば、いくら事実と違う資料があったとしても、受け入れられない。そして正義を声高に主張する人はうそやごまかし、あるいは殺戮さえも必然性があったのごとき扱いで、反対する人は不当な扱いを受け裁かれていく。これでいいのかなあ。
 
専用レストラン No.16 - 2007/09/29
今年も熊の出没状況だの、目撃情報などが人間たちの間で話題になる季節になった。
秋は僕たちにとって冬ごもり前の餌をたらふく食べたくなる時期だけなのに、なんだか怪獣みたいな扱われ方だなあ。
これが人間だったら、あっちのレストラン、こっちの食堂で目撃されても、変に思われないのにねえ。熊はレストランにいけないから探すしかないんだよ。そっとしてくれよ。すぐ襲いに来たと身構えるんだもの。言葉がしゃべれない僕たちの代わりにちゃんと学校でも、メディアでも僕たちの生態を教えて欲しいよ。
それとも熊専用レストランでもないとわからないのかなあ。
さくらんぼとドイツの大王 No.15 - 2007/07/22
ネットサーフィンをしていたら、スズメに関して目を留めた記事があったよ。
ドイツのエピソードだが、プロシアの大王が大好きなさくらんぼをスズメが食べてしまうのでスズメ駆除の命令を出した所、スズメがいなくなったかわりに、害虫が大発生してさくらんぼの樹までやられてしまったということだ。
ただその後がちょっとねー。大王は自らの非をさとり鳥類の保護にあたり害虫の駆除にあたったということだが、おいおい大王様、同じ間違いをしないでくださいよ。
害虫を駆除すればしたで、また他に影響があるとはおもえないのかな。
そこまでは書かれてないので後はどうなったのかはわからないけどね。
いずれにしても、カラスにしても鳩にしても、数が多いと思われている鳥は駆除してもなんとも思わない人がいるようだけど、気がついたときは手遅れになっているかも知れないよ。
坂東真砂子氏のコラムをよんで No.14 - 2007/07/14
先日コインランドリーで見た女性週刊誌で(イヤー最近雨ばっかりで、洗濯物が乾かないいんだよー。えクマも洗濯するかって?たまにはするよ)以前子ネコが生まれるたびに崖に放り投げて殺しているとエッセイで告白し話題になったタヒチ在住の直木賞作家坂東真砂子氏のコラムを読み彼女の性格を垣間見たような気がした。
何でも小学校5年のときだったか、親が拾ってきたイタチの赤ちゃんを見て、家で飼っていたネコに育ててもらおうとして、ネコのそばに近づけたらがぶりとかまれてしまったという話を淡々と書かれていた。
ネコに育ててもらおうとした理由も、珍しいと話題になるかもしれないとか損得勘定はしっかりおありになるようだ。
小学校5年にもなれば、ネコは動くものには何でも手を出していたぶる特性があることくらい知らなかったのかな。
まして作家になられるような方だったら利発な子供だったと思うしね。
もし知らなくても、ネコがちょっかいを出した時点で、怪我をさせられるかもしれないと思い、急いで助けると思うのが普通の感覚だと思うけどねー。
それをじっと見ているとは、子供の頃から好奇心旺盛な子だったかも知れないけど、人の痛みを察知できない人だったのではと思ったよ。
ついでながら坂東真砂子氏の子ネコ殺しの釈明を読んだけど、「人間は他の生き物に対して避妊手術を行う権利などない」と仰せのようだけど、逆にいえば「人間は他の生き物に対して避妊手術を行わない権利がある」ということなのか。
どちらにしても、人間が他の生物を管理する権利があるという傲慢な考えの上に立っているようだ。
避妊手術をするのは、人間の権利意識でするのではなく、子供が生まれてもいろいろな条件で必ずしも育てられない場合、捨てられて餌も食べられない不幸な状況は避けたいというやむ終えない選択だと思う。
どちらを取るかという場合、メリットとデメリットを考え、メリットの多い方を選択する場合はよくある。薬だって飲めば副作用があるけど、やむ終えず飲むではないか。
氏も避妊手術をするより、殺す方を選択したのは、子ネコが無残にも殺されるのは心が痛まないが、ネコが子供を生めないことの方が心が痛むということか。普通の人と感性が違うということを自覚した方がいいと思うよ。ただ自分の選択を人間普遍の道徳だと主張して、ネコを殺しているという事実を正当化しないで欲しいよ。
糞公害 No.13 - 2007/07/07
町で鳩の糞公害という看板を見て、愕然としたよ。
糞というのは生きものだったらするのが当たり前なんだけど、どうもこの糞を嫌う人間が多くなったように思うけど、人間の勝手だよ。
鳩さんは、人間の近くで生活しているため、時には屋根や時には洗濯物の上にもちょっと失礼することがあると思うけど、出物腫れ物所かまわずといって、それは当たり前のことなのに変だよ。
自分の周りさえ快適だったら、他の動物のことなど存在自体を迷惑だと思っている人がいるんではないかなあ。
あるいは、人間にとって都合がいいと思っている動物だけが生きる権利があると思っているのかな。
権利ばかりを主張することを教えて、義務を教えない教育によって自分の世界だけで生きて、他のものに関心を持たない人間が増えて、ますます冷たい世の中になっていくようだ。
 
害虫と害獣 No.12 - 2007/06/27
人間の世界では差別用語といって、使う人の意識の問題と、言葉の意味をまぜこぜにして、太っているとか、ハゲという言葉も体格のいい人とか、髪の毛が薄くなっているとか言わないと気を悪くしないかと気を使う事があるけど、動物はどうせ言葉が分からないからと思うのか、随分ひどい言葉を平気で使っているのはおかしいよ。たとえば害虫という言葉は、随分軽蔑心をふくんでいる言葉だと思うんだが。
ハエクンや蚊クンが人間のような意識があれば、気を悪くしていると思うよ。人間に害を与えるために生まれてきたのでもないし、憎んでもいないのに、まったく人間ときたら自分たちがすべて基準でものを考えるらしい。
そういえば、我々クマも害獣といわれていたっけ。差別だあ・・・・
 
ネコちゃん続報 No.11 - 2007/06/24
子ネコの続報だけど、どうやら貰い手を見つけてくれたらしい。ほっとしたよ。管理人もノラネコの里親探しを何回かしたことがあるらしいけど、生まれて2ヶ月くらいまでなら、よっぽど器量が悪いネコちゃんでないかぎり、ほぼ貰い手はあるらしいけど、大きくなるにしたがってかなり難しくなるらしい。
つまりネコを飼う理由が、自分にとってどういう存在であるかが一番の関心事であって、どうしたらネコにとって幸せかとか、不幸なネコのために何かしたいというのは関心外ということかなあ。
残念ながら、日本人の精神年齢は小学生から進歩していていない人が多いようだ。
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