先日コインランドリーで見た女性週刊誌で(イヤー最近雨ばっかりで、洗濯物が乾かないいんだよー。えクマも洗濯するかって?たまにはするよ)以前子ネコが生まれるたびに崖に放り投げて殺しているとエッセイで告白し話題になったタヒチ在住の直木賞作家坂東真砂子氏のコラムを読み彼女の性格を垣間見たような気がした。 何でも小学校5年のときだったか、親が拾ってきたイタチの赤ちゃんを見て、家で飼っていたネコに育ててもらおうとして、ネコのそばに近づけたらがぶりとかまれてしまったという話を淡々と書かれていた。 ネコに育ててもらおうとした理由も、珍しいと話題になるかもしれないとか損得勘定はしっかりおありになるようだ。 小学校5年にもなれば、ネコは動くものには何でも手を出していたぶる特性があることくらい知らなかったのかな。 まして作家になられるような方だったら利発な子供だったと思うしね。 もし知らなくても、ネコがちょっかいを出した時点で、怪我をさせられるかもしれないと思い、急いで助けると思うのが普通の感覚だと思うけどねー。 それをじっと見ているとは、子供の頃から好奇心旺盛な子だったかも知れないけど、人の痛みを察知できない人だったのではと思ったよ。 ついでながら坂東真砂子氏の子ネコ殺しの釈明を読んだけど、「人間は他の生き物に対して避妊手術を行う権利などない」と仰せのようだけど、逆にいえば「人間は他の生き物に対して避妊手術を行わない権利がある」ということなのか。 どちらにしても、人間が他の生物を管理する権利があるという傲慢な考えの上に立っているようだ。 避妊手術をするのは、人間の権利意識でするのではなく、子供が生まれてもいろいろな条件で必ずしも育てられない場合、捨てられて餌も食べられない不幸な状況は避けたいというやむ終えない選択だと思う。 どちらを取るかという場合、メリットとデメリットを考え、メリットの多い方を選択する場合はよくある。薬だって飲めば副作用があるけど、やむ終えず飲むではないか。 氏も避妊手術をするより、殺す方を選択したのは、子ネコが無残にも殺されるのは心が痛まないが、ネコが子供を生めないことの方が心が痛むということか。普通の人と感性が違うということを自覚した方がいいと思うよ。ただ自分の選択を人間普遍の道徳だと主張して、ネコを殺しているという事実を正当化しないで欲しいよ。 |